大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

最高裁判所第三小法廷 平成2年(オ)444号 判決 1993年12月17日

上告人

小野都代

佐々木孝子

右両名訴訟代理人弁護士

山本満夫

右訴訟復代理人弁護士

辻希

被上告人

田中稔

右訴訟代理人弁護士

鶴岡誠

佐野善房

被上告人

日南物産有限会社

右代表者代表取締役

良原澈錫

右訴訟代理人弁護士

内山成樹

城加武彦

主文

原判決を破棄する。

本件を東京高等裁判所に差し戻す。

理由

上告代理人山本満夫の上告理由について

一原審の確定した事実関係は、次のとおりである。

(一)  本件土地は上告人小野都代が、本件土地上の本件建物は上告人佐々木孝子が、それぞれ所有していた。(二) 渡邊征太郎は、昭和五四年一一月一六日、本件土地建物につき、右各所有者からの売買を原因とする所有権移転登記を経由すると同時に、株式会社住宅ローンサービスのために抵当権を設定してその旨の登記手続をした。(三) 渡邊は、同五八年九月一四日、本件土地建物につき、被上告人田中稔に対し、売買を原因とする所有権移転登記手続をした。(四) 住宅ローンサービスの申立てにより、同六一年三月二五日本件土地建物につき競売開始決定がされ、被上告人日南物産有限会社が、売却許可決定を受けて、同六二年六月二三日その代金を納付し、同月二九日所有権移転登記を経由した。(五) 上告人らは、遅くとも同五九年二月ころまでには本件土地建物が渡邊に移転登記されていることを、また、遅くとも執行官による現況調査を受けた同六一年五月二一日ころまでには本件土地建物につき不動産競売手続が進行していることを知っていた。そして、上告人小野は、同年七月一九日、また、上告人佐々木は、同年九月二一日、渡邊及び被上告人田中名義の前記各所有権移転登記並びに住宅ローンサービス名義の前記抵当権設定登記の各抹消登記手続をすることを求める訴訟の提起を弁護士に委任し、同弁護士は、同年一一月一二日、上告人らの代理人として右各訴訟(本件の第一審事件の一部)を千葉地方裁判所に提起していた。

二原審は、真実の所有者が、不動産競売手続上は当事者として扱われなかった場合であっても、何らかの事情により不動産競売手続の開始・進行の事実を知り、又は知り得る状況にあって、その停止申立て等の措置を講ずることのできる十分な機会があったということができるときは、民事執行法一八四条の適用を認めるのが相当であると判断した上、右事実関係の下においては、上告人らは、本件競売手続が開始された比較的早い時期にそれが進行していることを知っていて、売却によって本件土地建物の所有権を失うことを防止するために、第三者異議の訴えを提起して競売手続の停止を求める等の措置を講ずるに十分な時間的余裕を有していたといえるとして同条の適用を認め、被上告人らに対し前記各所有権移転登記の抹消登記手続をすることを求める上告人らの請求を棄却し、上告人佐々木に対し本件建物の明渡しを求める被上告人日南物産の請求を認容すべきものとした。

三しかしながら、原審の右判断は是認することができない。その理由は、次のとおりである。

担保権に基づく不動産の競売は担保権の実現の手続であるから、その基本となる担保権がもともと存在せず、又は事後的に消滅していた場合には、売却による所有権移転の効果は生ぜず、所有者が目的不動産の所有権を失うことはないとするのが、実体法の見地からみた場合の論理的帰結である。しかし、それでは、不動産競売における買受人の地位が不安定となり、公の競売手続に対する信用を損なう結果ともなるので、民事執行法一八四条は、この難点を克服するため、手続上、所有者が同法一八一条ないし一八三条によって当該不動産競売手続に関与し、自己の権利を主張する機会が保障されているにもかかわらず、その権利行使をしなかった場合には、実体上の担保権の不存在又は消滅によって買受人の不動産の取得が妨げられることはないとして、問題の立法的解決を図ったものにほかならない。したがって、実体法の見地からは本来認めることのできない当該不動産所有者の所有権の喪失を肯定するには、その者が当該不動産競売手続上当事者として扱われ、同法一八一条ないし一八三条の手続にのっとって自己の権利を確保する機会を与えられていたことが不可欠の前提をなすものといわなければならない。これを要するに、民事執行法一八四条を適用するためには、競売不動産の所有者が不動産競売手続上当事者として扱われたことを要し、所有者がたまたま不動産競売手続が開始されたことを知り、その停止申立て等の措置を講ずることができたというだけでは足りないものと解すべきである。

そうすると、原審の前記判断には、同条の解釈適用を誤った違法があり、右違法は判決に影響を及ぼすことが明らかである。論旨は理由があり、原判決は破棄を免れない。そして、本件においては、被上告人らは、上告人らと渡邊との間の売買が通謀虚偽表示によるものであり、民法九四条二項によりその登記の無効を善意の第三者に対抗することができない旨主張しているので、この点について更に審理を尽くさせるため、本件を原審に差し戻すこととする。

よって、民訴法四〇七条一項に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官佐藤庄市郎 裁判官園部逸夫 裁判官可部恒雄 裁判官大野正男 裁判官千種秀夫)

上告代理人山本満夫の上告理由

第一点 原判決は民事執行法第一八四条の解釈、適用を誤ったものであるから、取消されるべきである。

一 原判決は、千葉地方裁判所昭和六一年(ケ)第二〇三号不動産競売事件(以下「本件競売手続」という)について、上告人が当事者、利害関係人とはされなかったが、本件競売手続が行われている事実を早い時期に知りながら、第三者異議の訴を提起し、競売手続停止等の措置をとらなかったから、民事執行法一八四条の適用を否定すべきものということはできないと判断する。

二 しかしながら、民事執行法一八四条は、当該競売手続において当事者又は利害関係人として処遇された者の間においてのみ適用があり、処遇されなかった利害関係者、殊に競売手続外の真実の所有者には、競売による所有権移転の法律上の効果は及ばないものというべきである。上告人らは本件競売手続において、当事者利害関係人とされていないから、前記一八四条の適用はない。

ちなみに、民事訴訟、非訟事件、調停等における判決又は合意は、原則的に、当事者間およびその手続上、利害関係人として参加した者の間においてのみ、その効力が及ぶのであり、手続外の第三者にまでは効力は及ばない。

民事執行法における不動産競売についても、執行裁判所から当事者及び利害関係人には各種の決定の送達又は通知が行われ、これらの者に、その手続の進行の都度、充分な対応をなしうる機会を与えて売却までの手続を進める制度となっている。

このようにして、正規に送達通知を受けた者が、その競売について執行法による不服或は異議を述べず競売が完結した場合には、最早、所有権の喪失、抵当権の無効を争いえないのは、その競売手続の関係人として止むをえないことである。

しかし、当事者又は利害関係人とされなかった者についてまで競売手続を知っていたという事由から執行法第一八四条を適用するのは妥当でない。

三 仮に、真実の所有者が当事者又は利害関係人とされていなかった場合においても、所有物件についての競売手続を知っていた場合は第一八四条の適用があるとしても、その競売についてなんらの通知はなかったのであるから、このことを考慮すると、このような所有者について競売手続停止をとりえなかったことについて特段の事情があるときは、競売による買受人の所有権の取得も制限されるものというべきである。

すなわち、本件土地は、上告人小野の、建物は同佐々木の所有であった。上告人らは、昭和六一年五月二一日執行官の物件調査によって、本件競売が行われることを知り、千葉地方裁判所に昭和六一年一一月一二月訴外渡辺に対して、所有権移転及び抵当権設定の各登記の各抹消請求訴訟を提出した。

右の訴訟中、上告人らは本件競売手続停止の申立を準備したが、停止をえるための保証金は通常請求額の二〇%ないし三〇%とされており、本競売手続による訴外住宅ローンサービスの請求債権は二、一四〇万円であったことから、仮に二〇%としても四二八万円、一〇%としても二一四万円の保証金が必要とされた。

上告人らは、いづれもその収入が乏しく、保証金の金策の努力はしたが、現に、本件土地建物は既に訴外渡辺の所有名義とされて、保証金調達の担保に提供することができず、加えて、競売手続中で、一〇〇万円といえども融資をえることができず、前記保証金を調達しえないまま、その競売期日も通知のないまま、昭和六二年二月二三日、売却許可決定があったものである。

上告人らが停止をとりえなかったのは、保証金として一〇〇万円の調達もできない貧困状況だったからである。

もともと、本件土地建物の真実の所有者である上告人らから、訴外渡辺の所有名義にしたのは、訴外渡辺の偽造文書によるものであって、このことについて、上告人らにはなんらの帰責原因はない。

このような場合にまで、保証金を調達して停止をとらなかったから保護に値しないというのでは社会正義に反し、過酷にすぎるというほかはない。

ちなみに、このような法理が当然のこととされるなら、所有権移転に必要な文書を偽造或は盗用し、貧困で資力及び知識のない婦女子の立場に乗じて、その土地建物を自己に所有権移転登記をし、ことさら借入れをして抵当権を設定し、不動産侵奪罪等の公訴時効の完成をまって、競売によって借入金の返済をすることも可能で、誠に是認し難い行為を助長することとなる。

第二点 本件における民事執行法の適用は憲法に違反する。

すなわち、動産取引における善意取得は、現代における経済取引上、それなりの合理性はあるが、不動産取引において所有者の関知しない所有権の移転や、偽造文書による所有権移転登記は当然無効とされるのに、裁判所の行う競売については前記の如き過酷な結果を招き、かつ競売手続上なんらの通知をしないまま、真実の所有者の所有権を剥奪するのは強権的に過ぎるものというほかはなく、本件の場合においては、民事執行法第一八四条の適用は憲法第二九条第一項に違反し、無効である。

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例